こんにちは!事務所が渋谷にある、渋谷貴博です。
私は35年間マンション業界で働いてきました。またプライベートでは、埼玉県さいたま市の総戸数812戸のマンションに住んで、修繕委員、副理事長、理事長経験があります。そんな私が管理組合役員の皆さまの役に立つ情報を発信しています。
マンションにおける大規模修繕工事は、建物の劣化を防ぎ、長期にわたって資産価値を保つために欠かせない事業です。しかし、この大規模修繕工事において最もトラブルが起こりやすいのが、施工業者との契約内容、特に「工事費の支払い条件」です。多くの工事請負契約では、「着手金」を支払うことが慣例となっており、契約金額の10~30%を工事開始前に管理組合から施工業者に支払うケースが一般的です。しかし、この支払い方法には大きなリスクが潜んでおり、近年では「着手金なし・出来高以下払い」という方式を採用する管理組合が増えています。
このブログでは、大規模修繕工事の契約において、なぜ「着手金なし・出来高以下払い」が推奨されるのかを、施工業者の経営リスクや管理組合の交渉力確保の観点から詳しく解説していきます。

倒産リスク対策のために「着手金なし」は最も有効である
大規模修繕工事の施工業者選定は慎重に行われますが、どんなに実績がある業者であっても、倒産のリスクをゼロにすることはできません。帝国データバンクが公表した2024年度の倒産統計によれば、建設業界の倒産件数は全体で約1,200件。これは飲食業に次ぐ業種別2位となっており、業界全体が非常に不安定な経営環境にあることが浮き彫りになっています。建設資材費の高騰、人手不足、元請けと下請けの構造的課題がその背景にあります。
こうした中で、着手金を先に支払ってしまうことは、管理組合にとって「工事が始まる前に、数千万~数億円もの大金を無担保で貸し付けている」のと同義なのです。もしも施工業者が着手金受領後に倒産した場合、すでに支払った金額は戻ってこず、新たな施工業者に切り替えて工事を再開するためにさらに資金が必要になります。これは理事会にとって大きな責任問題に発展しかねません。
たとえ施工業者が完成保証制度や履行保証保険に加入していたとしても、それで支払った着手金を完全にカバーできるとは限りません。数千万~数億円もの大金をカバーできる保証金が支払われる保証制度や保険は世の中には無いのです。さらに、倒産により工事が止まってしまうことで、居住者への説明責任や再契約の交渉など、理事会の負担は非常に大きくなります。
したがって、「着手金は支払わない」という契約条件は、管理組合としての倒産リスク対策として非常に有効なのです。工事の進捗に応じて、初回の支払いを最初の足場設置後など、具体的な出来高が確認できてから行うことで、資金流出のリスクを抑えることができます。
出来高以下払いにすることで、工事の質と管理組合の交渉力が向上する
着手金を支払わないだけでなく、支払いのタイミングごとに「出来高よりも少ない金額を支払う」方式をとることで、さらなる効果が得られます。これが「出来高以下払い」と呼ばれる方法です。この方式を採用することで、管理組合はさまざまな場面で有利に立つことができます。
第一に、管理組合が工事の出来高よりも少ない金額を施工業者に支払っていれば、施工業者がどのタイミングで倒産しても、払い過ぎの費用(過払い金)は無いので、着手金や過払い金を回収する必要はなく、費用の回収リスクは無くなります。また、倒産した施工業者側の破産管財人と管理組合との、出来高に対する不足費用の支払い交渉も管理組合側が優位な立場となります。
第二に、工事品質の確保につながります。施工業者にとって、次回の支払いを受けるためには、現在の作業を丁寧に進めなければならず、「いい加減な仕事をするとお金がもらえない」という構造が生まれます。これは一種のインセンティブとなり、業者のモチベーションを高く保つ効果があります。
第三に、問題発生時の交渉カードとして機能します。工事中に品質不良や仕様違反などの問題が発生した場合、すでに出来高相当またはそれ以上の金額を支払ってしまっていると、是正指示に対する施工業者の態度が消極的になるケースがあります。一方で、支払いが出来高よりも抑えられていれば、「不備を正さなければ次の支払いは保留」といった対応が可能になり、管理組合は常に主導権を握ることができます。
第四に、突発的な追加工事や仕様変更に対応しやすくなります。大規模修繕工事では、解体や下地調査の結果によって追加作業が必要になることがしばしばあります。出来高以下払いを採用していれば、まだ支払っていない資金が手元にあるため、追加費用の対応も柔軟に行うことができます。
さらに重要なポイントとして、「この支払い条件を受け入れられる施工業者かどうか」が、業者選定における一つの判断基準になるという点があります。支払い条件を柔軟に対応できる業者は、資金繰りが健全であり、経済的な信頼性が高い傾向にあります。逆に、着手金なしでは請け負えないという業者は、経営状況が不安定な可能性が高く、その後の工事遂行にも不安が残ります。
このように、出来高以下払い方式は、費用の回収リスク対策、工事品質の確保、リスク管理、資金の柔軟運用、そして施工業者の選別という多くの面で、管理組合にとって有利に働く支払い方法なのです。

まとめ:管理組合を守る最良の支払い条件とは
大規模修繕工事は、建物の機能を維持し、長期的な資産価値を確保するために欠かせない重要なイベントです。その一方で、数千万~数億円規模の契約となるため、契約内容次第では管理組合にとって大きなリスクとなる可能性もあります。とくに「工事費の支払い条件」は、工事の進行に直結するだけでなく、業者との力関係、トラブル発生時の対応力、そして理事会の責任にも大きく関わる要素です。
着手金を支払わない方式は、万が一の業者倒産や途中離脱といった事態に備えるうえで非常に有効です。そして、出来高以下払いという形で資金を少しずつ支出していくことで、工事の質を保ち、万が一のトラブルにも冷静に対処するための「余地」を確保できます。
支払い条件に関しては、施工業者の言いなりにならず、あらかじめ理事会で方針を決定し、入札要領書や契約条件書に明記しておくことが重要です。信頼できる設計監理者やコンサルタントと連携しながら、着手金なし・出来高以下払いの仕組みを導入することで、工事の安全性と住民の安心感を高めることができます。
理事会や修繕委員会の皆さまが、住民の信頼を得ながら大規模修繕工事を円滑に進めていくためにも、今こそ支払い条件のあり方を見直す時期かもしれません。「着手金なし・出来高以下払い」は、その第一歩となる選択肢です。もちろん、施工業者が倒産した場合に管理組合に保険金が支払われる履行保証保険に加入してもらうことも重要です。
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